刑事さんは突然に...
ラブストーリーは突然に、という事であれば諸手を挙げて喜ぶものだが、
刑事さんは突然に、しかも2人組で事務所にやって来た。
と、いう事になれば当然に、ストーリーの展開はまるで変わってくる。
取り次いでくれた人から刑事さんの名刺を受け取ると、山梨県警だ。
高速道路をブッ飛ばしても軽く2時間はかかる距離感である。
少し訝しい気持ちになるも、刑事さんを目の前にすると一変した。
頭をペコペコと下げ、両手は前に揉み揉みの情けない姿であったのだろうか、
その2人はカウンター越し、かすかに微笑している。
聞けば、ある事件の容疑者の身辺調査を内偵していたところ、当社が運営
しているレンタル私書箱を契約している事が判明したため、その契約書類の
提示と実際に使用している私書箱を検分させてもらいたい、と言うのだ。
いつの間にか、目の前には警察手帳が見事に開かれている...
その中のバッジは中学生でも本物だと分かるような、重厚な光を帯びていた。
そんなこんなで、私の運転する車で現場に向かうことに相成った。
要は突然に、生まれて初めて刑事さん2人を後部座席に乗せて運転する事に
なるのだが、これがえらい緊張を強いるものだ。
シートベルト、信号の変化、歩行者への配慮、運転速度及び携帯電話の
着信など、次から次へと気になる事が頭の中をグルグルと回りだす。
愚問と呪文を繰り返す運転となり、車内のムードは当然に暗黒、いや沈黙。
現場に着くなり刑事さんは無駄のない動きをされ、写真を数枚撮影した。
『ありがとうございます。これで結構です』
丁寧な物腰で刑事さんからそう言われ、再び車中の人となる。
ようやく、少し和んだような雰囲気となり、思い切って『尋問』してみた。
『昨夜は別の容疑者宅の張込で、夜通し車中にいた』
『1カ月の休みは1日位、2日あれば良い方』
『公務員だという感覚で警察に入った人間は辞めていく』
『この仕事自体が好きだ、という思いがないと続けられない』
より一層と目が覚めるような言葉が車内で重く響き、頷くほかはない。
このような刑事さんが日本の、地域の安全を守ってくれて信じてやまない。
事務所に戻ったら、お茶でもお飲みになりませんか?
これが、私の最後の『尋問』となってしまった。
これに対して .....
『いや、すぐ署に戻らないといけないのです』と、即座に言い切った。
刑事さんの行動力に感嘆した。
会社の駐車場で刑事さんは颯爽と車を乗り換え、西の方角へハンドルを切る。
通行人には滑稽な姿に見えたかもしれない.....
我を忘れたのか、刑事さんの車が見えなくなるまでブンブンと手を振っていた。
その時、沈みゆく太陽が写真のように映えたのは幻想だったのか。
これだけは、少しオーバーな表現なのかもしれない。