■ ヒロシです
最近、痴呆症に関する話題を見たり聞いたりする機会が多くなった。
高齢の方で7人に1人が発症。数年後には5人に1人の割合になるという。
『ヒロシ』 さんから聞いた話も、その中の一つに過ぎない。
そのヒロシさんのご縁戚で、ご夫婦揃って痴呆症になってしまったという。
律儀で誠実なヒロシさんは地方にある、某施設にお見舞いに行かれた。
ご夫婦という事もあって、一部屋お二人で暮らしている。
室内に入られると奥様の方は、待っていたかのようにじっと佇んでいた。
『こんにちは、少しご無沙汰でしたね。 ヒロシですよ』
『あら、あなた、ヒロシさんに良く似ているわね』
『いや、私ヒロシですよ!』
すると、奥様は室内にいらしたご主人を呼びつけて...
『ちょっと、ヒロシさんに良く似た方が来ているのよ』
久しぶりに再会したご主人、旦那さんの方も近くにやって来た...
『おお! あんた、確かにヒロシに良く似ているよな』
『いや、俺ヒロシだよ!』
『ほんまに、ヒロシそっくりだな。 どこから出て来た?』
『.......』
この状況では、英明なヒロシさんも、さすがに会話にならなかったらしい。
何とも歯がゆい気持ちとなり、一人寂しく帰られたという。
その日から、ヒロシさんは新たに危機感を持たれた。
規則正しい生活、早朝から愛犬との散歩に始まり、ゴルフで身体を鍛え、
昼間からカラオケを歌いまくり、脳に刺激を与える行動をしまくっている。
生涯現役。 取引においては決断力に優れ、女性は奥様オンリーの愛妻家。
我々のような人間にも情を示して下さり、その言動は世の壮年男性の鏡のような方なのだ。
しかし、脳の多様性に驚いてしまう。 これも脳が作った一つの幻想かも
しれない。
現実と思っている側が実は幻想の世界であり、夢の中だという説もある。
更に深く、ヒロシさんに痴呆症対策のアドバイスをいただこうとしたら...
『人生を楽しむ。 今、楽しむ』 それだけ言い残して...
頭脳と同様、足腰も柔軟にして、薫風のように颯爽と帰られてしまった。